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2024.01.21 | 仲川 美穂子

未来を生きる子どもたちに必要な「力」とは ~OECDの学習到達度調査から読み解く

日本の子どもたちの学力は、海外の子どもと比較して、どのように評価されているのでしょうか。経済協力開発機構(OECD)は、日本を含む世界81カ国・地域の15歳の子どもたちを対象に「OECD生徒の学習到達度調査(PISA: Programme for International Student Assessment)」を2022年に実施。その結果が2023年12月に発表されました。OECDの教育スキル局就学前学校教育課でPISAを担当している小原ベルファリゆりさん、ユネスコ教育計画研究所技術協力部の水野谷優さんのお二人に、今回の調査結果から読み取れるのもの、教育の専門家として注目している点、今後の教育的示唆についてうかがいました。

ユネスコ教育計画研究所の水野谷優さん(左)とOECDの小原ベルファリゆりさん(右)

2000年から原則3年ごとに実施されてきたPISAは、数学的リテラシー、科学的リテラシー、読解力、革新的分野のテストで構成され、調査の中心分野が毎回変わります。8回目になる今回は、数学的リテラシーを中心にした内容で、日本は81カ国・地域で、数学的リテラシーは5位、読解力は3位、科学的リテラシーは2位と、いずれも世界トップレベルの結果。ここで重要なのは、PISAが重視しているのは、いわゆるテストのスコアだけではなく、学びの動機づけや学びに対する姿勢です。

3分野の得点の国際比較(国立教育政策研究所、OECD生徒の学習到達度調査2022年調査(PISA20222)のポイントより)

「例えば、数学的リテラシーには、方程式を解くというだけではなく、体系的な問題解決能力も含まれます。国によって教育制度は違っても、15歳の子どもに求められる能力にはグローバルな普遍性があります。学びに関する共通指標を設定して、教育の成果をPISAで見える化し、各国が教育政策の議論を進めていくことが大切なのです」と小原さん。教育政策を専門とする水野谷さんは、「PISAはOECD加盟国のみならず、低中所得国にも門戸を開き、世界81カ国・地域というカバー率。統計学上、この規模と精度のある国際学力テストは他にない」と言います。PISAは参加国の教育制度が異なるからこそ、他国が導入した試みや成果から学び、子どもの教育改善に繋げられるという、まさに世界の多様性を活かした仕組みといえます。

今回のPISAは、新型コロナウイルス感染症の影響に対する「教育制度のレジリエンス」も調査に含めています。これは、数学の成績、子どもの学校への所属感、教育の公平性という3つの視点から総合分析され、PISA参加国・地域のなかでは、日本、韓国、リトアニア、台湾のみが、レジリエンスがあると評価されました。これらの国の共通点として、コロナ禍での可能な限りの学校閉鎖の短縮化、そして、子どもが感じる先生と親のサポートの強さがあるそうです。小原さんは、「コロナ禍では教育を継続するためにデジタル化が進みましたが、それだけではレジリエンスは強化されません。子どもと家族、学校、地域との強い繋がりが重要です」と説きます。また、水野谷さんによると、日本の現職教員研修には長い歴史があり、教員に勉強し合うという文化があるため、教育現場へのデジタルツール導入も先生方が協力しあって、デジタルを使う部分と使わない部分を目的に応じてきちんとデザインしているという側面があるそうです。

水野谷さん
「レジリエントな」国・地域の3つの側面(国立教育政策研究所、OECD生徒の学習到達度調査2022年調査(PISA2022)のポイントより)

教育政策、それを形にする現場の底力、家庭のサポート。いろいろな要素が相互作用し、教育制度のレジリエンスは生まれます。では、なぜ、今レジリエンスが問われているのでしょうか。「新型コロナのような感染症に限らず、気候変動や紛争といった危機に私たちの世界は直面しています。そういったネガティブショックがあっても、子どもたちの教育を継続できるか。それが課題です」と水野谷さん。ウクライナ危機では、OECDが加盟国から様々な危機下で立て直した教育の知見を集めました。その際、東日本大震災発生後、いかに地域が一丸となって子どもたちに切れ目のない学びの場を確保したか、さらには震災前よりも良い学習環境を構築しようとしたのか、その取り組みが紹介されたそうです。2021年時点において、世界では中等教育後期の学齢期(高等学校学齢期:一般的には15〜17歳)の子どもたちの約30%が、学校に通っていません 。適切かつ効果的な学習効果をもたらす教育へアクセスできること、さらには思わぬ危機に遭っても、教育を継続できる耐性と準備のあることが求められているのです。

そして、教育の専門家であるお二人が強調するのが、子どもの「多様な成功」です。「学力を応用して目的を達成できるか、思いやりの心があるか、他人と協力できるか、相手の考えを理解する意欲があるか、多文化へ理解があるか等、学びの成果は多岐に渡ります」と小原さん。さらに、自分を俯瞰し、何を心地よく感じるのか、将来は何をしたいと思っているのかなど、自分自身を知る力、いわゆる、「内観力」あるいは「メタ認知能力」が重要なのだそうです。「大谷選手が高校1年生の時に、大リーガーへの道のりをマンダラチャートに記した話は有名です。目標に対して必要なことを細分化し、戦略的に計画を立てる。これには、自分とコミュニケーションしたり、俯瞰する力が必要です」と水野谷さん。

EU関係者会議で、インクルーシブ教育について発表する水野谷さん

実は、小原さんと水野谷さんは、青年海外協力隊の同期で、四半世紀以上にわたる仲間。1997年、小原さんはセネガルのNGOで女性の地位向上と青少年活動にたずさわり、その後、スタンフォード大学の大学院で国際比較教育を専攻しました。水野谷さんはバヌアツでユースグループを支援した後、コロンビア大学で教育経済博士号を取得。それぞれ教育分野の第一線で活躍してこられました。

小原さん

小原さん自身は、どのようにメタ認知能力を磨いてきたのでしょうか。「自分を知る鏡を持つこと。信頼して話の出来る先生、家族や友人との対話や、国際交流で海外の視点から日本、自分を見ることからの気づきが私の学びの糧になってきたと思います。また小さいときから日記のようなものをよく書くのですが、その日に何したかではなく、今どんなフィーリングかの確認とか、1年後、10年後、自分がどんな姿でどんなことをしていたいかの夢想(笑)です。もしかしたら、それがメタ認知の道しるべになっているのかもしれません」。毎日変化する環境の中で、自分の内側では何が起きているのか。そんな心の動きを汲みとる努力を小原さんは続けているようです。

G7開催時、小原さんは教育大臣会合の準備で、教育政策に関する知見を発表

PISAの調査中心分野は前述の通り、毎回変わり、教育の時代背景に合わせて内容もアップデートされます。次回2025年に実施されるPISAは、「デジタル世界での学び」を革新分野として初めて評価。科学的リテラシーも持続可能な発展に関するスキルや態度にも注目します。2029年には「批判的メディアリテラシーとAI」のテストも開発されるそうです。「日本は学力テストの成績は良いですが、コミュニケーションスキルや内観力、問題解決能力や自分自身である力、クリティカルシンキング (critical thinking) など、子どもの様々な能力をもっと引き出す教育を展開することができると思います。また、システム的に教育を見たときに、教育格差の問題なども存在しています。海外では教育政策を作るツールや市民を巻き込んだ様々なプロセスの試みがなされているので、日本も広く海外から学んでいくことが大切です」と水野谷さんは語ります。

子どもたちのどのような力をPISAで測るのか、その議論が行われるOECDのPISA理事会は毎回白熱するそうです。皆が知恵を絞り、教育政策づくりに活かされるデータを集めようとしているのです。未来をつくる子どもたちの力は、実に多様。そして、生きる力の多様化は、私たちがまだ予知できていない力も含め、さらに進んでいくのかもしれません。だからこそ、いろいろな力の可能性を見い出し、オープンな姿勢で子どもたちにとってベストな学習環境づくりをしていくことが大切なのかもしれません。

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仲川 美穂子
仲川 美穂子(なかがわ みほこ) 地球リポーター

数十年前、まだインターネットがなかった時代。「地球の歩き方」を握りしめて東南アジアを旅し、自分が知らなかった地球のローカルな暮らしや食文化、アートに関心を持つように。日本、フィリピン、ベトナム、ガーナ、バングラデシュ、チュニジアなどで国際協力の仕事をしながら、現地のひとたちとの触れあいを大切にしてきた。世界にはさまざまな境界線があれど、その境界線の揺らぎや滲み、交わりに心惹かれる。いろいろな物差しが混在するコミュニティの幸せとは何か。微力ながらも、ひとりでも多くのひとが一緒に考えられるきっかけづくりをしたい。

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