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2026.03.02 | アーヤ 藍

26人の患者を2人で看る夜——映画『ナースコール』が描く看護師不足のリアル

今から6年前の2020年4月、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、日本で初めての緊急事態宣言が発令されました。未知のウイルスと最前線で向き合う医療従事者への感謝が社会に広がる一方で、医療崩壊への強い懸念も高まりました。その後、感染状況は落ち着いたものの、医療現場の危機が根本的に解消されたわけではありません。コロナ禍以前から、少子高齢化の進行により医療・介護ニーズは増加する一方で、担い手は減少し、需給のギャップが拡大していくことが大きな課題となっていました。

厚生労働省が2023年に公表した将来推計によると、2025年時点で看護職員(看護師・准看護師・保健師・助産師)は約6~27万人不足しています(1*)。海外から人材を確保する動きもありますが、看護師不足は日本だけの課題ではありません。WHOが194加盟国のデータを集計した結果によると、2023年時点で世界的に約580万人の看護師が不足しています (2*)。今後、いわば看護師の「取り合い」になっていく可能性は否めません。

ただ、「看護師が不足する」とはどういう状態なのか、具体的なイメージをもって危機感を抱く人は少ないのではないかと思います。3月6日(金)劇場公開予定の映画『ナースコール』は、すでに起きている「看護師不足」のリアルを、一人の看護師の視点から疑似体験させる作品です。

舞台は人手不足が常態化しているスイスのとある州立病院。看護師フロリアが遅番で出勤すると、本来3人のチームのうち1人が病欠との知らせが。26人もの入院患者を2人で看なければなりません。

しかしそんな状況を患者側はつゆ知らず。検査時刻に遅れてきたのに、ずっと携帯で仕事の指示出しをしている人がいたり、吐き気がある場合は胃管を使った検査が推奨されるのに、どうしても胃管だけは嫌だと拒否する人がいたり、先週入院していた母がメガネを忘れて困っているから探してほしいという家族がいたり、緊急入院した母親に電話を変わってほしいと海外在住の家族から連絡がきたり……。

カメラはフロリアの動線を途切れなく追い続けるため、彼女の「やらなければいけないこと」が次から次へと増え、その優先順位を瞬時に頭の中で更新しながら、息つく間も無く動き続ける様子がよく分かります。映画が後半まで進んだところで、ナースワゴンに入れていたマイボトルから水を飲んだ時にハッとします。そういえばここまで飲食はおろか、座ることもトイレに行くこともしていなかったと。それほど身体も心も”立ち止まる”隙がないのです。

一方で、看護師の仕事は医薬品の投与などの医療行為だけではありません。自分の病状によっては犬の里親を探さなければと心配そうに話す高齢の患者や、度々の抗がん剤治療に疲弊し、これ以上治療を続けるべきだろうかと葛藤を吐露する患者も。看護師の役割は「全人的ケア」とも言われますが、患者の心にも丁寧に向き合いたい気持ちがきっとフロリアにもあるはずです。しかし一人一人に時間をかける余裕はありません。それでも限られた時間の中で、可能な限り相手に寄り添おうとするフロリアの接し方には心が釘付けになります。

看護師としての「喜び」の部分は減り、患者からは感謝されるどころか、対応が悪い、遅いと文句を言われる。しかも、映画はたった一日の遅番ですが、現実では同じような一日が、明日も、来週も、繰り返されるかもしれません。看護師不足の大きな要因の一つに、過酷な労働環境による離職率の高さと復職率の低さがありますが、本作を観れば「さもありなん」と誰もがきっと思うはずです。

ただ、本作の巧みさは、誰かを「悪者」にしていない点にあります。患者側の言動も彼らの視点に立てば、特別傲慢なわけでも理不尽なわけでもありません。もちろん、フロリアが能力不足なわけでもなければ、怠慢なわけでもありません。そしてフロリアだけでなく、他の医療スタッフも総じて忙しく、どこにも余裕がないのです。皆がどこか満たされない思いを抱き、苛立ちや寂しさを感じているのですが、その根底にあるのは、ただ一つ、人手不足なのです。

しかし、多忙を極める現状では、労働環境改善のために連帯することすら難しいだろうと感じます。しかも、本作のペトラ・フォルペ監督があるインタビュー (3*) で語るように、「看護師はストライキをすれば患者が死ぬという、感情的な脅迫を受けやすい仕事」でもあります。

一方で、私たちが看護師に支えられるのは、病気やけがで弱ったときです。そのときに望む医療ケアを受けられる社会であるためには、彼らの労働環境をどう支えるかを、健康なうちから共に考える必要があるのではないでしょうか。監督が言うように「彼らの闘いは、私たちの闘いでもある」ことを、本作を観たらきっと感じられるはずです。

映画『ナースコール』
2026年3月6日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開

監督・脚本:ペトラ・フォルペ
出演:レオニー・ベネシュ、ソニア・リーゼンほか
2025年/スイス・ドイツ/ドイツ語、フランス語/92分
© 2025 Zodiac Pictures Ltd / MMC Zodiac GmbH

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アーヤ 藍
アーヤ 藍(あーやあい) 映画探検家

在学中にアラビア語の研修で訪れたシリアが帰国直後に内戦状態になり、シリアのために何かしたいという思いから、社会問題をテーマにした映画の配給宣伝を行うユナイテッドピープル株式会社に入社。同社取締役副社長を務める。2018年に独立。映画の配給・宣伝サポート、映画イベントの企画運営、雑誌・ウェブでのコラム執筆などを行う。アーヤはシリアでもらった名前。大丸有SDGs映画祭アンバサダー。著書に『世界を配給する人びと』(春眠舎)。

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