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2017.10.20 | 岩井 光子

白い手袋が楽器に 耳が聞こえない子どもたちが伝える「歌声」

FESJ/2017/Mariko Tagashira

合唱は、すべての人のもの―。ベネズエラ生まれのホワイトハンドコーラスを見ていると、あぁ本当にそうだと気づかされ、心揺さぶられます。聞こえが不自由な人も、発語が難しい人も、歌の1シーン、1シーンを手で豊かに表現することで、歌詞の情景を観客に伝え、舞台の主役として、合唱団と見事に競演できるのです。歌は聞こえなくても、息づかいや表情、思いがストレートに伝わってきます。2013年、ザルツブルグ音楽祭での彼らのパフォーマンスは称賛を集め、ドイツのボンにあるベートーベン博物館にも、彼らの使う白い手袋がオマージュとして飾られました。考えてみれば、楽聖と言われるベートーベンも、重い聴覚障がいを抱えた音楽家でした。

すべての子どもに等しく音楽の門戸を開いたベネズエラの画期的な音楽教育「エル・システマ」の一環として、22年前に始まったこのホワイトハンドコーラス。今年6月には、エル・システマジャパンと東京芸術劇場の共催で、東京でも始まりました。参加する子どもたちは、5歳から18歳までの11人。都内のろう学校に通う子どもたちが中心で、ほとんど耳が聞こえない子から、少し聞こえる子まで、障がいの程度はさまざま。発達障がいを抱えた子もいます。6月末から月2回と無理のない頻度で、両親が見守るなか、和気あいあいと活動を進めてきました。練習室では、先生も両親も “バイリンガル”なので、手話と日本語が自由に飛び交います。

演奏中のバイオリンに手を置いて、響きを感じてみる子どもたち

指導に当たるのは、駐日ベネズエラ大使夫人でソプラノ歌手のコロンえりかさん、そして、パントマイムと手話を合わせた「サインマイム」による演劇活動を行う俳優で演出家の井崎哲也さん。ホワイトハンドコーラスは、歌詞を手話に直訳するわけではなく、歌詞や歌の情景を子どもたちが詳しく読み解きながら、自分たちの表現に置き換えていくので、その性質は、井崎さんのサインマイムととても近しいのです。

例えば、「鳥が生まれた」という歌詞を表現する時、手話の「生まれる」は、大きなお腹を支える感じで下腹部に両手を置き、赤ん坊が滑り出してきたような表現をしますが、鳥は卵から生まれるので、殻がパカッと割れたような表現の方が、より歌の内容に沿った伝え方になる、といった感じです。

まどみちおさん作詞の「ことり」は、子どもたちもお気に入りの一曲。左がコロンえりかさん

耳の不自由な子どもたちは、響きを体全体で感じます。練習では、歌っているコロンえりかさんののどをさわってみたり、伴奏のピアノの下にもぐりこんでみたり、共演するオーケストラの楽器に手を置いたりしながら、いろんな響きを体験しました。彼らは音の響きに対して、独特の感性を持ち合わせています。練習に付き添っているお母さんが目を丸くしたエピソードもありました。普段は、真横を通り過ぎる車の大きな音にも気づかない男の子が、調弦中のチェロの音色には、敏感に反応して走り寄っていったのです。彼らの響きに対する感受性は、時に非常に鋭く、繊細であることも、ホワイトハンドコーラスの練習を通して見えてきたことでした。

「ここなら触ってもいいよ」というフルートに端っこに、そっと触れてみる

子どもたちは、22日に東京芸術劇場で初公演を控えています。目下、練習しているのはその舞台で披露する、まどみちおさん作詞の3曲におなじみの唱歌「もみじ」と「雪」。それぞれの曲の、時に優雅で、時にかわいらしい振りは、子どもたちが歌を一節ずつ交代で読み、丁寧に意味や情景を読み解いてから、どんな振りがいいかをみんなで考えました。「練習の7割近くは、歌詞の意味を考える時間にあてましたから、子どもたちも仕上がった振り付けにはすごく納得していると思います」と、コロンえりかさん。

FESJ/2017/Mariko Tagashira

例えば、「もみじ」。親しみやすく優しいメロディーですが、歌詞は難しい表現が所々にあり、子どもたちにとっては難易度の高い曲。最後の「織る錦」は、表現を決めるのに相当みんなで迷った箇所だと言います。「錦を織る」「織物」などという表現は手話にもあるのですが、どうもしっくりきません。一人ひとりに表現してもらってみんなで意見を出し合ったりしながら、最終的には「立派な織物と同じように美しい」という表現に落ち着きました。手の平同士をこすり合わせてから、ゆっくり離す「美しい」という手話が、曲の最後のメロディーにしっくりと合います。

歌い終わった時の気持ちを尋ねると、「気持ち良い!」「わくわくする」「長くて疲れちゃった〜」まで、いろんな感想が飛び出します。「私たちは、意味がわからなくても簡単に歌を口ずさんでしまえますが、この子たちは、歌がどういう意味を伝えようとしているのか、かなり細かくやってきたので、もしかしたら、私たちより歌のことを深く考えているのかも」、コロンえりかさんは、そんなふうに感じる瞬間もあると言います。

オーケストラとアンコール曲の練習をする子どもたち

東京芸術劇場の公演では、「3階席のお客さんにもみんなの手の動きがよく見えるようにね」と呼びかけるコロンえりかさんに、「じゃあ、100階までお客さんがいると思ってやればいいね!」と生き生きと手話で伝える女の子。新しいコーラスの表現空間が、2000人近い観客の前に登場するまで、もうすぐです。

岩井 光子
岩井 光子(いわい みつこ) ライター

地元の美術館・新聞社を経てフリーランスに。東京都国際交流委員会のニュースレター「れすぱす」、果樹農家が発行する小冊子「里見通信」、ルミネの環境活動chorokoの活動レポート、フリーペーパー「ecoshare」などの企画・執筆に携わる。Think the Earthの地球ニュースには、編集担当として2007年より参加。著書に『未来をはこぶオーケストラ』(汐文社刊)。 地球ニュースは、私にとってベースキャンプのような場所です。食、農業、福祉、教育、デザイン、テクノロジー、地域再生―、さまざまな分野で、地球視野で行動する人たちの好奇心くすぐる話題を、わかりやすく、柔らかい筆致を心がけてお伝えしていきたいと思っています!

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