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2018.04.25

超福祉という街づくり  多様性に寛容な社会の実現を目指して

NPO法人ピープルデザイン研究所 代表理事 須藤シンジ

ピープルデザインという視点

 2020年東京オリンピック・パラリンピックを前にして、「心のバリアフリー」という表現が多くの分野で流通するようになった。教育現場や様々なセミナー等でも「インクルーシブ」「サステナビリティ」というフレーズを耳にする機会も増えた。国際社会においても、2030年に向けていよいよSDGsが話題になり始めていることを実感する。かつては「カタカナが多くて、よく分からない」と、講演時に主催者やご年配の方からご意見を頂いていたころが懐かしく思えるほどだ。

 2012年4月、私たちは街づくりをテーマとするNPO法人「ピープルデザイン研究所」を東京都渋谷区に設立した。「心のバリアフリーをクリエイティブに解決する思想と方法論」を「ピープルデザイン」と定義し、従来型の福祉を飛び超えた「超福祉」を標榜し活動している。
 私たちは、目指すべきゴールをダイバーシティ社会(多様性に寛容な社会)の実現に据えている。自然界がそうであるように、それは人に対しても有用で、街や地域の持続可能性を担保する上での要諦だと考えているからだ。異なる文化、国籍、宗教、性差、年齢差、障害の有無など、違いに寛容であることは各々の「civic pride(誇り)」に繋がり、人を「集める」ちからになる。良きにつけ悪しきにつけ、自ずと生じる共生に向けた交流を経て、そこに立ち上がる新たな文化や習慣は街や地域の「魅力」となり、ひいては「city capital(資産)」に成熟していく。かつての先進諸国の都市がそうであったように。

福祉サービスの受益者として見えてきた「?」

 1995年5月、そもそもこの活動を始めたきっかけは23年前に遡る。我が家の次男が、重度の脳性麻痺を伴って生まれてきた日が全ての始まりだ。

 当時もハートビル法の施行などを背景に、世の中では「バリアフリー」や「ユニバーサルデザイン」というフレーズが頻繁に語られていた。中には「ユニバーサルファッション」というものまであった。
 例えば公共建築物、交通機関や新しいビルなどには、法に則った「バリアフリー」が、そこここに謳われていた。駅のホームの最後尾で、駅員さんが三人がかりで車椅子に乗った障害者を電車に乗せている風景も、そのころから目につくようになった。しかしながら一般の人々が車椅子ユーザーに手を貸している姿はほとんど見ない。むしろ、それは「駅員さんのすることで、私のすることではない」「もし何かあったらどうしよう」という気持ちが先行しているのではないかと想像したほどだ。
 なによりも、当時は車椅子ユーザーが介助者なく、ひとりで街に出てくる姿を見るのは稀だった。息子ははたしてこの国で、将来独立した生活を送れるのだろうか? 人口減による社会保障費の大幅な削減が予想される中で、彼や彼の出生をきかっけに知った福祉の受益者たちが、ひとりで生活していく上で本当に必要なものは何なのか? そのために自分自身でできることは何か? そんな素朴な疑問から、既存の福祉関連の施設や数多くの行事にボランティアとして参加してみたが、正直なところコレだと思える切り口を見出すことはできなかった。誤解を恐れず言えば、そんな関わり合いから得た印象は、「ダサイ」「地味」「ヘンな優しさと思いやり」。当時の福祉業界に従事する方々の特徴と言えば、それまで商業の世界で徹底的に叩き込まれた私から見るに、コスト意識も低く、当然の「良きこと」として関わっておられた。気持ちは沈むばかりだった。
 悶々とした日々を経た数年の後、14年勤めていた会社を退職した。自分自身の時間と身体を使って、自分の仕事として、自ら”理想と思える選択肢”を”つくって”みたいと思ったからだ。

日本の常識を前向きに疑え

 当時から現在に至るまで、仕事柄、海外に出向くことが多い。毎回色々な気づきにあふれている。
 ご存知のとおり欧州各国の多くの国に石畳が残る。でこぼこなのである。それを膨大なコストを使って平らにしようとするよりも、むしろ幾ばくかの予算を投じて歴史的建造物として守ろうとしている傾向も見受けられる。なにより車椅子ユーザーを始め、外見や振る舞いから判断できる身体障害者を街で見かける頻度が圧倒的に多い。
 例えばオリンピックが開催されたロンドン。チューブやアンダー・グラウンドと呼ばれる地下鉄の歴史は古く、ほとんどの駅にエレベーターは未だに無い。では2012年ロンドンオリンピック・パラリンピックの時にクレームや問題は起きなかったのか?
 結論から言えば、大なり小なりの困りごとは恐らくあったのだろうが、メディアを通して喧伝させるような「事故」は見られなかったようだ。一部の駅でのホームのかさ上げのほか、車椅子ユーザーにとってアクセスしやすいウェブを駆使したルート案内サービスなどのソフトの対応がメインだった。なにより象徴的なのは、多くの駅の階段で、一般の人々が声を掛け合い、車椅子を運び上げていたことだった。車椅子ユーザーを目にした人は当たり前のように「手伝おうか?」と声をかけていたし、障害当事者も周辺の人々に「ちょっと手伝ってくれないかい?」と臆することなく手助けを求めていた。そういった風景が街の中で常態化していたことは実に印象的だ。そしてこう声を掛け合ってその場を去るのだ。「良い1日を」「楽しんでね」「ありがとう」「どういたしまして」。
 身体障害者の課題を解決したのは、バリアフリーなる「設備」ではなく、道行く人々のちょっとした「行為や行動」だったのだ。施設にかける「お金の力」ではなく、「人の力」だったのである。

 主要先進国ではもはや稀なのだが、日本では概ね小学校にあがる時点で、健常者の一般クラスと障害者の特別支援クラス(筆者の時代は”特殊学級”)に分けられてしまう。障害者との接触頻度が極めて少ないまま成人を迎えるのが現実だ。社会に出てもそれはあまり変わらない。
 例えば、次の苗字の知人を思い浮かべてみよう。佐藤・鈴木・高橋・田中・渡辺・伊藤さん。では同時に、障害者と呼ばれるあなたの友人は何人いるだろう? 実に障害者の数は約860万人*1、日本で最も多い苗字ベスト6とほぼ同数なのだが。

 違いを持った人々との交流の術に慣れることなく、私たちの多くは「無知」のまま成人に至る。「無知」は「恐怖」に似た「避けたい感情」を醸成する。できればそうありたくない「スティグマ」と呼ばれるものに近い。「心のバリア」の源だ。根は教育現場を含む、社会習慣によって無意識のうちに刷り込まれる「常識」にこそあるのではないだろうか。ユニバーサルデザインを学び、知識に留める以上に、育むべくは意識、行為や行動への変容だ。言い換えれば、考え方や容姿の異なる人や物事と接触する機会を増やし、「慣れる」ことで大方のバリアは氷解するはずだ。そんな視点から、今では障害者、LGBT、子育て中の父母、認知症を核にした高齢者、外国人という5つのマイノリティ属性を入口に、マジョリティとの具体的な共生施策を、社会課題の解決策や新たな選択肢と捉え、創出している。

商店街で始めたピープルデザインストリート

 NPOを立ち上げて丸6年、渋谷の代々木公園を始め各地区の公の空間で、ダイバーシティの”楽しさ”をメッセージし、直接体験できるコンテンツの数々を企画運営しているのだが、中でも特徴的なイベントが今年8回目を迎えるこの施策だ。普段はコミュニティバスも通行し、私たちの事務所が所在する地元商店街「神宮前二丁目商店街」で、休日の半日交通規制(=ホコ天)にして行う「ピープルデザインストリート」である。

 イベントのコンセプトは「向こう三軒両隣」「声かけに始まる親切の発動」「多様な人たちの理解と啓蒙」、そして違いのある人たちが当たり前に混ざり合って「対話することの喜び」だ。これをドキドキワクワクしながら、共有体験する機会が、ピープルデザインストリートのコンセプトなのである。
 商店街約400メートルに渡りゾーンを幾つかに分けている。子どもたちと一流アーティストが混ざって道路にチョークで絵を描く「落書きゾーン」。パラリンピック種目である視覚障害選手たちがカッコよく繰り広げる「ブラインドサッカー体験ゾーン」など。ピラティス、ヒップホップダンスに始まり、来場した子どもや若者たちが東京音頭と渋谷音頭を年長者に習う「多世代ダンスゾーン」。フィナーレ前のダンスゾーンでは「何ヶ月ぶりかで部屋から出てきた」とおっしゃるマンションオーナーで80過ぎのおばあちゃんが、見るからに”不良”の若者たちに渋谷音頭を指導している。また道いっぱいに広がった「落書き」を、地域の子どもたちが我先にとビショビショに濡れながらデッキブラシで消していく。いつもは見かけない小さな子どもたちが大人たちを指導している。終了時間まで、通りがかりの外国人を含め、いくつもの笑顔が絶えないストリートイベントとして定着しつつあるのは嬉しい限りだ。
ちなみに、初回にボランティアスタッフとして参加した大学生が、今や運営委員を担いこのイベントを仕切っている。加えてイベントディレクターは”子育て中のママ”で、いつも幼児とベビーバギーでやってくる。


神宮前二丁目商店街は渋谷区の一番外れにある「奥原宿・奥渋谷」と呼ばれるエリアにある。普段は人通りも穏やかなのだが、2020年東京オリンピック・パラリンピック開催時には、新国立競技場から原宿・渋谷方面に向かう時の「玄関口」であり「主動線」になる

渋谷のド真ん中、渋谷ヒカリエで開催する超福祉展

 2018年で5回目を迎えるイベントが”超福祉展(正式名称「2020年渋谷。超福祉の日常を体験しよう展/Super Welfare Expo」)だ。
 この企画で私たちは渋谷という街を“媒体”として活用し、イベントを“手段”と明確化することに徹している。伝えるべきは、超福祉の傘を通した「心のバリアフリー」の具現化と、そこで体感いただく障害者をはじめとするマイノリティ起点のイノベーションの可視化。そして、多様な人たちが当たり前に混ざり合うダイバーシティの意味する、未来へのクリエイティブな可能性や憧憬の喚起だ。
 前述の通り、かつて私が感じた福祉に明日は見えなかった。1970年代にデンマークで立ち上がったノーマライゼーションの思考に底流を置く「マイナスをゼロに引き上げる」視座にアンカーしている限り、憐憫の情が先行しがちなのは否めない。そこで先ずはこうステートメントすることにした。

 一人ひとりの心の中に存在する、障害者をはじめとしたマイノリティや福祉に対する「負い目」にも似た「意識のバリア」。“超福祉”の視点では、従来の福祉のイメージ、「ゼロ以下のマイナスである『かわいそうな人たち』をゼロに引き上げようとする」のではなく、全員がゼロ以上の地点にいて、混ざり合っていることを当たり前と考えます。ハンディキャップがある人=障害者が、健常者よりも「カッコイイ」「カワイイ」「ヤバイ」と憧れられるような未来を目指し、「意識のバリア」を「憧れ」へ転換させる心のバリアフリー、意識のイノベーションを“超福祉”と定義します。

 「かわいそう」から「かっこいい」へ。「隠す」から「見せる・魅せる」へ。社会的コストたる「TAX EATER」(厚労省領域)から市場創造「 TAX PAYER」(経産省領域)へ。イノベーションとは「新たなものの捉え方」であり、市民が主体者として立ち上げていけるものなのだと実感する。今年も新たなステイクホルダーの皆さんとの出会いを楽しみにしている。


超福祉展は市場創造やイノベーションを感じる場であり、新しい発想に基づく技術や視点を、展示とシンポジウムの二軸で展開している。例えば電動車椅子は、自転車やスケボーに代わる街の新しいモビリティとして提案されている

「できない理由」よりも「そうあるためにはどうするか」を考えよう

 私たちはこういったイベント等の”コトづくり”以外に、”シゴトづくり”や”ヒトづくり”を並走させてきた。ちなみに私たちが主催する全てのイベントは、開催地域の福祉作業所に通う障害者の方々にスタッフとして働いて頂いている。就労体験と称して、概ね4時間の実働に対して、ひとり2,000円の交通費を支給している。主に自宅と福祉事業所の往復で暮らしを立てる障害者への、表舞台で働くためのきっかけづくりだ。晴れやかな”オンステージ”で、他者と接触する頻度を上げ、障害当事者にも”慣れて”頂くことを目的のひとつとしている。

 渋谷区の諸施策に続き、2014年8月からは神奈川県川崎市とも包括協定を締結し、ダイバーシティの街づくりを地域の価値にする取り組みを始めた。例えば、毎シーズンのJリーグ・川崎フロンターレの全ホームゲームやフェスなどで、障害者の方々を招待するのではなく、もてなす側に回って働いていただく取り組みが定着している。「サッカーの仕事に等々力競技場に行く」「イベントの手伝いに渋谷に行く」。その言葉の響きには、語る本人の誇りと自信が溢れている。
 協定締結後、この施策を累計約2,000名に迫る障害者が体験。昨年の年度末、2017年3月末現在、この経験がきっけになり、累計71名の障害者が正規の就職を果たした。現在このスキームをJリーグ全チームに拡散・導入できないか協議中である。また本年度2018年4月からは、東京大学先端技術研究所と連携し、時給を支払う前提で障害者の「バイト=超短時間雇用」を渋谷でもローンチさせる。これらの施策も、養護学校(現在は特別支援学校に名称変更)を卒業し、就労がテーマになっていった次男のライフステージがヒントになっている。

  制度に頼り、苦情を呈し、行政に陳情する時は終わったと認識している。限りある財源を、本当に必要としている方々に届けるためにも、私たち市民や職業人のひとり一人、法人という人格をもつ一社一社が、永続的な地域、街、国をどうつくっているかが問われている。その「主体性」が問われているのだ。従来の既得権をはじめとする「何か」に縛られ「忖度」しながら、「できない理由」を模索するよりも先に、「そうあるためにはどうするか」を思考し、掛け声に留まらない具体的な行為・行動に着手すべき時だと思う。

ダイバーシティ・多様性に寛容な社会を目指して

 昨年春、「ピープルデザイン」は高校の教科書*2に載り、この数年、海外諸大学の授業・講演・ワークショップのコンテンツとして招聘される機会が増えた。昨年2月には、SDGsの文脈から、オーストリアの国連ウィーンセンターにおいて、人権/福祉の先にあるものというお題でのキーノートスピーチを承った。世界各国から集まった皆さんの前ではさすがに足が震えた。中国、インド、南アフリカ、イスラエル、欧州の方々との質疑応答も、実に中身の濃いものだった。講演後のスタンディングオベーションを受けながら、コレはイケると、僭越ながら確信するに至った。ただ、その会場に日本人はひとりもいなかった。

 Made in Japan、From Japanなる誇れる日本発のプロトタイプとして、このアクションを続けていきたい。

 今こそ、この国が先進国であるために。

*2 『JOYFUL English Communication 1』(三友社出版)
須藤シンジ

須藤シンジ(すどう・しんじ)

NPO法人ピープルデザイン研究所 代表理事
代表を務めるマーケのコンサル会社をプロフィットセンターに、当NPOを含む2団体をコストセンターとした事業構造で、多種多様な「提案と実践」を実務としています。エキサイティングにLIFEとWORKが完全に重なり合った毎日。中でもこの数年、北半球はオランダTU Delft(デルフト工科大学)、南半球ではニュージーランドのワイカト大学を拠点に、ピープルデザインの知見を活用した海外大学の大学生/大学院生との共同プロジェクトに飛び回っています。

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