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2018.06.20 | 岩井 光子

森と共生する工場 「近自然工法」を取り入れたサンデンの森


日本のパイオニアとしての試みは、国内ではもちろん、海外でも高い評価を受け、2011年にはOECDの持続可能な製造業の優れた取り組み(sustainable manufactuaring good practice)の世界7社のうちの1社に選出された

森を育てながら、工場を稼働する―。一見、相反するようにも思えるこの2つの活動を、試行錯誤しながら両立させている会社が、群馬県前橋市にあります。赤城山の南麓64ヘクタールの敷地に広がる「サンデンフォレスト・赤城事業所」です。効率や利便性を重視する普通の工場であれば、敷地いっぱいに事業所を建て、駐車場もできるだけ多くとってフル稼働させる、という発想になるかもしれませんが、この工場はコンパクトに建てられ、深い森のなかに、まるで山小屋のようにたたずんでいます。

サンデンホールディングスは、コンプレッサーなどの自動車関連機器や自販機などを手がけるメーカーで、本社は同県伊勢崎市にあります。1990年代後半、サンデンは新たな工場建設を赤城南面の前橋市粕川町で進めていましたが、地元の反対運動にもあい、計画は難航していました。打開策を求めたサンデンの牛久保雅美・前会長は、知り合いだった環境保護活動家で作家のC.W.ニコルさんに相談を持ちかけたのです。

「森と共生する工場を造ったらどうだろう」、日本の森を愛するニコルさんらしいこの助言は、もともと世界シェアの方が多かったサンデンにとって、さほど唐突なものではありませんでした。1995年、フランスでの工場設立時に環境面での厳しい制約も経験していましたし、いずれ日本でも環境との共生をアピールする工場が必要になるという認識は、牛久保さんも既に持っていました。信頼するニコルさんからも背中を押され、もはや「自然を壊して工場を造る時代ではない」と、牛久保さんの気持ちも固まったのです。
 
ニコルさんが具体的な土木技術として紹介したのが、生態系に配慮した河川工法としてドイツやスイスで先例があった「近自然(Naturnaher)工法」でした。ニコルさんは、この土木技術を日本の風土に合わせて導入していた西日本科学技術研究所の故・福留脩文さんをサンデンに紹介し、1998年、同社は民間企業として、日本で初めて近自然工法を大がかりに取り入れた工場建設に乗り出したのです。

試行錯誤を繰り返しながら2002年に完成したサンデンフォレストは、今年16年目を迎えます。広大な敷地の半分が生物多様性豊かな森、半分が工場という大胆な比率の社内を、サンデンフォレストを管理・活用するサンデンファシリティECOS事業部の柴崎薫さんに案内してもらいました。前職の自然学校で体験学習の面白さに魅せられたと話す柴崎さんは、2013年からECOS事業部で働いています。


「この森に来ることで、参加した方の生活が少しずつ変わったりすればうれしいですね」と、ECOS事業部の柴崎さん

近自然工法は長い時間をかけ、生態系が己の力で環境を回復できるよう、人間の手で、水と大気、土壌のベースをしっかり整えることが最大のポイントです。サンデンフォレストの緑の“骨格”となるのは、敷地の左右を流れる2つの沢。双方の環境が分断されることがないよう、間を帯状に緑化し、アルファベットのHのような形を描いています。造成時の盛り土によりできた法(のり)面(斜面)も、草木が生えるようコンクリートでなく土で覆い、さらにうねるような曲線にすることで、日陰や日なた、いろんな環境条件下で多様な動植物が生息できるよう工夫しています。

上空から見たサンデンフォレスト全景(写真:サンデンファシリティ提供)

法面。樹木の茂っている箇所、草原になっている箇所など様々。中段辺りにキツネやタヌキの巣穴があるそうだ

新しく工場を造る場合、設置が義務づけられる調整池は、味気ないコンクリート壁となりがちなところを、ビオトープ(生物空間)にしてあります。西のビオトープにはホタルの舞うサワガニの沢があり、ワサビも育っています。東のビオトープには、アカガエルの産卵場所があります。ここの石垣には日本古来の「土佐積み」が採用され、施工は高知から招へいした職人が行いました。崩れ積みとも呼ばれるこの伝統工法は、造成時に掘り起こされた巨石をうまく配置して、岩同士のベストな定位置を探ります。石を上方からふるい落とすと一定の位置でバランスが定まって動かなくなるように、一度定位置に落ち着いた岩同士は、不思議なことに頑強な石壁となり、東日本大震災の揺れにもびくともしなかったと言います。西日本科学研究所では、川の護岸工事に近自然工法を用いる際、度々この土佐積みを取り入れてきました。


緑豊かな東のビオトープ。法律上、植栽可能なラインまで木を植えている。頭上をアオサギが飛んでいた
<土佐積み。上段が竣工時、下段は植栽が進み、苔が生い茂った現在の様子。岩石のすき間が動物たちのすみかとなり、ヘビなどがすむ(写真:サンデンファシリティ提供)

サンデンファシリティでは、造成前に土地固有の植生や生息動物を調べるために細かな調査を行っており、敷地内の残置林や造成林の管理の手がかりとしています。動植物の種類数はサンデンフォレスト完成後、一時期的に減ったものの、2011年以降は造成前を上回る種類数へと回復しました。県自然保護連盟と連携した大がかりな環境モニタリングは3年ごとに行っています。2017年の調査結果は、動物が160種、植物が626種でした。同年の調査で天然記念物であるヤマネの姿が初めて確認されるなど、森の豊かさはさらに深みを増しています。


造成に当たり、2万本伐採したが、3万本を植林。伐採した木は廃棄せず、散策路やベンチ、キノコのほた木、炭などに活かしているという

柴崎さんは、「社内でも、前橋や高崎在住の方でも、森に来たことがない人は多いし、まだまだPRの必要がある」と言いますが、2017年には県内の小学生を始め、9000人近くが来園しました。工場エリアには国内でも珍しい、日本自動販売機システム機械工業会の自販機ミュージアムがあり、サンデンの工場見学と森の散策をセットにした社会科見学が子どもたちに人気です。敷地内の社員保養所を拠点にした、未就学児向けの子育て広場「森のhahako園」や、近隣住民から四季折々の里山の作業や食を学ぶ「ふぉれすとやまの一年」など、地域と連携したプログラムも軌道に乗り、幅広い年齢層が森を訪れるようになっています。


防火用水は通常ふたをすることが多いが、ここはふたをしていない。トンボやザリガニが見られ、見学に来た子どもたちがザリガニ釣りに興じることも。奥は売店で、周辺は社員の憩いの場になっている

敷地内には自販機ミュージアムも

近自然工法は、法面の緑化やビオトープの設置に見られるよう、林縁部や水際に動植物が生息できるエリアを創造する、という発想がとてもユニークです。ここは自然保護エリア、ここは人間の活動エリアと明確に区切らず、境界部をなだらかにすることで、双方の調和を演出しています。森の生態系へのきめ細かな配慮を施したこの工場が、社員と地域の人たちとの境界も自然となだらかにしているのは面白いなぁと思いました。

ECOS (Environmental Cordination Operation Staff)事業部の名付け親はニコルさん。「総務や人事が片手間で森のことをやるのはおやめなさい。専門の人を置きなさい」の教えに従って、のことでした。柴崎さんは、「今の業務は自然学校でやってきたことと同じ部分もあるが、会社のなかでやる難しさも感じる」と話します。豊かな森を守り、育んでいるという価値を、どう本業に生かし、貢献できるのか―。その課題が常に頭にあるのだそうです。

現在、トヨタ自動車も美濃三河高原の650ヘクタールの丘陵地に、近自然工法を採用した新研究開発施設を建設中だそうです。新しい企業文化を創造し、行動するパイオニアの姿は、後に続く企業も注視しているのです。

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岩井 光子
岩井 光子(いわい みつこ) ライター

地元の美術館・新聞社を経てフリーランスに。東京都国際交流委員会のニュースレター「れすぱす」、果樹農家が発行する小冊子「里見通信」、ルミネの環境活動chorokoの活動レポート、フリーペーパー「ecoshare」などの企画・執筆に携わる。Think the Earthの地球ニュースには、編集担当として2007年より参加。著書に『未来をはこぶオーケストラ』(汐文社刊)。 地球ニュースは、私にとってベースキャンプのような場所です。食、農業、福祉、教育、デザイン、テクノロジー、地域再生―、さまざまな分野で、地球視野で行動する人たちの好奇心くすぐる話題を、わかりやすく、柔らかい筆致を心がけてお伝えしていきたいと思っています!

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