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2019.03.03 | 河内 秀子

ベルリン映画祭の観客が選んだ「37 Seconds」から考える、映画界のインクルージョン

「37seconds」 過保護な母から自立しようともがく娘、その過程を通じて母も自らを見つめなおしていく…。常に娘を見つめる不安な視線が印象的な母を、神野三鈴さんが好演 ©knockonwood

2020年に第70回目を迎えるベルリン映画祭。まだ東西ドイツが分断し、壁に囲まれた陸の孤島だった西ベルリンで、「自由な世界を見せる窓」として始まった、この映画祭。国籍や宗教、性別、性的指向や宗教、年齢、障害の有無……多様性に開かれた、自由な世界への姿勢は、創立当初から変わりません。

2月7日から17日に開催された今年度は「インクルージョン(包摂・包含)」を前面に打ち出し、障害のあるなしにかかわらす、全ての人が一緒に映画を見ることができる機会を増やしました。ほぼ全ての上映館に車いす席があり、全ての映画ではないものの、視覚障害者用のオーディオガイドをアプリで使えるようにし、手話通訳付きの上映も開催。今後はさらにこのサービスを広げていくそうです。

上映作品の中でも、特に「インクルージョン」について考えさせられる映画がありました。「37 Seconds」という日本映画です。

主人公がほのかな恋心を抱く介護士、俊哉の役には大東駿介さん。上映後のQ&Aで「僕と夢馬のラブストーリーになるはずだったのに、完成した映画を見たら恋話がなくなってた!」と、会場から笑いを誘った。「映画では詳細に語られないけれど、俊哉は自分なりの闇を抱えている役どころ。お兄ちゃん肌なキャラクターの駿介さんが演じてくれたことで、こういう形になった」とHIKARI監督 Photo by Stephen Blahut – ©knockonwood Inc

生まれた時に、たった37秒間仮死状態だったことが原因で、脳性まひとなった主人公、貴田夢馬(ユマ)。You Tuberで漫画家の幼なじみ、サヤカのゴーストライターとして働いている彼女が、自己表現を模索しようともがくなかで様々な人たちと出会い、過保護な母親とぶつかって成長していく物語です。パノラマ部門の観客賞と、国際アートシアター連盟賞をダブル受賞し、HIKARI監督の、主人公をそっと見守るような暖かな視線や、主演の佳山明さんの熱演も各紙で高く評価されました。

ベルリン映画祭、オープニングのレッドカーペットでは、映画祭ディレクターのディーター・コスリック氏と遭遇。2001年から今年度まで18年間映画祭を率いたコスリック氏は今年で引退。来年からは、ロカルノ国際映画祭の芸術監督だったカルロ・シャトリアン氏が率いる Photo by Christin Öhler

同作はサンダンス映画祭とNHKが主宰する脚本ワークショップで日本代表に選ばれた、HIKARI監督の長編デビュー作。主人公は、先天性の脳性まひをもつ佳山明さんが演じています。実は、佳山さんは、今回が演技初挑戦。社会福祉士の資格を持ち、大阪の豊中市社会福祉協議会に在職している彼女は、勤め仕事もあり躊躇(ちゅうちょ)もあったと言いますが、お芝居への興味が勝り、オーディションに参加したと言います。

ベルリン映画祭、オープニングのレッドカーペットに登場した佳山明さんは、ドイツ国内外の媒体で高い評価を受けたが、「まだ、実感がわかないです」とコメント Photo by Christin Öhler

実は、HIKARI監督が最初に書いた脚本は、完成した映画とは大きく異なるものでした。下半身不随の女性もセックスでオーガズムを得ることができるという点にフォーカスした、ラブストーリになるはずだったと言います。しかし、オーディションで佳山さんに出会い「彼女の声を聞いて、心をつかまれた! 自分の中に思い描いていた“夢馬”が立ち上がってくるのを感じた」という監督は、佳山さんと佳山さんの母親にインタビューをし、脚本を大幅に書き直しました。脳性まひ、双子という設定は、佳山さんのプロフィールから生まれてきたエピソードです。

観客賞とともに、C.I.C.A.E. アート・シネマ賞のパノラマ部も受賞。授賞式でのHIKARI監督。公式サイトでの作品評は以下の通り。「文化の多様性を賞賛する映画。(日本という)厳格な文化の中に暮らし、か細く、壊れやすく、生きにくさを感じていた一人の若い女性が、憧れに後押しされて旅に出て、しっかりと独立した強い一人の女性になるまでを描く。素晴らしい演技を見せる若い女優と、漫画や家族の秘密など多彩な要素を絡めた印象的な長編デビュー作は、アートハウス系映画館の観客に愛されるだろう」 ©Brigitte Drummer/Berlinale 2019

大喝采で迎えられたプレミア上映後のQ&Aで佳山さんは、こう話していました。

「この映画に参加して、障害って何だろう? 違いって何だろう? と考える日々を過ごしました。正直、これからどうしていったらいいか、ゆらいでいるところもありますが、お芝居は楽しいと思ったので、何らかの形で関わっていきたいと思います。救われる部分もありましたし、これから自分ができることや自分の存在意義を考えました。例えば、海外に出て、お芝居に限らず障害を持つ人の表現芸術などを学びたいと思い、そのチャレンジに向けて動き出しています」

ベルリン映画祭のプレミア上映を終えて、主人公夢馬を支える介護士を演じた、大東駿介さんは「日本には、まだ(障害を持つひととの)みえない距離があります。この映画が、その距離を解消するきっかけになるといいなと思います」と語りました。

障害を持つ俳優たちを映画やテレビ、演劇に売り込み、演技指導のワークショップなども開催する「Rollfang」代表のヤンセンさん ©Gianni Plescia

実はドイツでもまだ、映画やテレビの中で障害を持つ俳優が登場する機会は少ないのが現状です。長らくベルリン映画祭で働いた後、2015年に、障害を持つ俳優たちのエージェント「Rollenfang」を始めた、ヴォルフガング・ヤンセンさんは言います。

「コストや時間を理由に、障害を持つ役ですら、健常の俳優に演じさせてしまう。私の理想を言えば、役柄が障害を持つ持たないに関わらず、障害を持つ俳優がキャスティングされることです。それこそが本当の意味でインクルージョンになるのではないでしょうか」

世界は少しずつですが、変わり始めています。アメリカでも障害を持つ俳優のオーディションが行われ、スペイン版アカデミー賞、ゴヤ賞では、障害を持つ俳優Jesús Vidalが今年度の新人男優賞に輝きました。彼は授賞式で「クレイジーだぜ、障害を持つ俳優なんかに賞をあげちゃっていいの?! インクルージョン、多様性、そして人の目に触れること! この3つのことが大切だね。ありがとう!」とコメントしています。

「37 Seconds」は、ベルリン映画祭で観客賞を受賞しました。今年の投票数は2万9000人! その観客から最も支持を受けたのが、この「37 Seconds」だったのです。観客賞の受賞は、この映画をエンターテイメントとして、あらゆる世代の観客が楽しんでくれたという何よりの証拠です。驚き、もがき、悩む主人公夢馬の姿に、ちょっと泣いて、でもいっぱい笑って。映画館を後にした時、観客のこころの中のみえない距離は少し縮まっているのではないでしょうか。

©knockonwood

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河内 秀子
河内 秀子(かわち ひでこ) 地球リポーター

ドイツ ベルリン在住 東京出身。2000年からベルリン在住。ベルリン美術大学在学中から、ライター活動を始める。 現在雑誌『 Pen』や『 料理通信』『 Young Germany』『#casa』などでもベルリンやドイツの情報を発信。テレビのコーディネートも多数。http://www.berlinbau.net/

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