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地球リポート

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2019.10.07 | 笹尾 実和子

学校の当たり前、が変わっていく。広島叡智学園取材リポート

SDGs for Schoolの活動で出会う先生たちの多くがアクティブラーニングやPBLなど新しい学習の在り方にチャレンジしている姿を見る一方で、「日本の教育は遅れている」という言葉をよく耳にします。少し調べてみると、明治時代にできた日本の教育制度は100年以上変わっていないそうです。

そんな日本の教育を変えたい! と考え、面白い取り組みをしている県があります。広島県教育委員会には「学びの変革推進課」というユニークな名前の課があるのをみなさんご存知でしょうか? 平成26年12月に策定された「広島版『学びの変革』アクション・プラン」を推進するためにできた課で、グローバル化や県内で進む過疎化の問題に対応するために、新しい教育モデルの構築を目指しています。この「学びの変革」を先導的に実践する学校として、2019年4月に広島県立広島叡智学園が開校しました。広島県立初の全寮制・中高一貫教育校で、なんと初年度の志願倍率は9倍!だったそうです。開校してからまだたったの数ヶ月。広島県内外から多くの志願者が集まった広島叡智学園とは、一体どんな学校なのでしょうか?

豊かな自然に囲まれた校舎 船でしか行けない大崎上島へ

瀬戸内海をゆっくりと走るフェリーに乗り、30分ほどで大崎上島へ到着

広島駅からフェリーを乗り継いで約2時間。瀬戸内海に浮かぶ離島、大崎上島に広島叡智学園はあります。全ての校舎が1階建ての広々とした佇まいは、一見すると「ここは学校なのだろうか?」と思う外観です。学校の設計は株式会社シーラカンス アンド アソシエイツと土井建築設計共同体によるもので今も校舎の建設作業中でした。あまりに広くオープンスタイルの校内に戸惑い、生徒さんに「職員室はどこですか?」と声をかけると「職員室はこちらですよ。すぐそこなので、ぼく、案内しますね!」とにっこり。外部の人がいてもまったく驚く様子はなく、すれ違う子どもたちは「こんにちは!」と元気に挨拶してくれました。

広島叡智学園のエントランス。扉をあけるとすぐに職員室がある

屋上からの風景。工事の様子がよく見える

新しい教育を支える「見えるデザイン」と「見えないデザイン」

我々の到着を待ってくださっていたのは徳田敬先生。実は学校が出来る前から、書籍『未来を変えるアイデアブック』の寄贈プログラムにもいち早く応募してくれていました!そのご縁もあって叶った今回の訪問。早速校内を案内してもらいました。
広島叡智学園中学校・高等学校 徳田敬教諭

職員室を見渡すと、どこかのIT企業のような風景です。フリーアドレス制で、隔たりがまったくない空間なので、教員同士、今何の作業をやっているか一目瞭然。ソファや仕切りを使ったミーティングスペースもあり、ちょっとした授業の相談事もしやすそうです。ペーパーレス・ストックレスを目指し、私物はロッカーへ。教科別の準備室などはあえて作らず、現在35名の教職員全員が職員室に集まることで、自然と教員同士のコミュニケーションが生まれやすいように設計されていました。

職員室へ。開放的な職員室は、生徒からも先生たち職員室の様子がよく見えるようになっています

ひと目で全体を見渡せる職員室。机の上はスッキリしていて、仕事が捗りそうだ

こちらはミーティングスペース。オープンなスペースにありながら、外部からの視線が遮断されるので落ち着いて話し合うことができます

学びの回廊の様子。ここから、すべての教室につながっています

職員室を出て、学びの回廊と呼ばれる渡り廊下へ。ここは、すべての教室へと繋がっています。出来たばかりの校舎がきれいなのは当たり前ですが、カフェテリア、コンサート会場にもなるカフェトリウムなど、想像していた以上に学校とは思えない設備が揃っています。

その中でも最初に向かったのは、教室棟のF・L・A(フレキシブルラーニングエリア)。このF・L・Aでは、オープンで広々とした教室と、テストなど集中した作業向けの2タイプの教室があり、オープンな教室ではちょうど数学の授業が英語で実施されていました。現在、広島叡智学園は40人の中学1年生が在籍(2019年6月現在)しており、英語で授業を行う際には,教科担当と英語がネイティブの教員2名で授業を展開しているそうです。今日の数学の授業では、3人でひとつのグループになり、数式を英語で説明する動画制作のために、ホワイトボードの前で生徒たちが議論をしていました。あるグループが日本語で話をしていると“I can’t understand Japanese. English please”とネイティブの先生から注意がありました。一人の子がとっさに“Oh! sorry”と声をあげ、その後は何事もなかったように英語でコミュニケーションを始めました。いわゆる受け身の授業ではなく、先生と生徒が対話を重ねている姿がとても印象的でした。広島叡智学園では、海外大学に進学した場合でも通用する英語力を身につけるために、段階的に他の教科の授業も英語で行うなど,工夫されたカリキュラムが組まれているそうです。
少人数で生徒のレベルに合わせながら英語を学べることも、広島叡智学園の大きな魅力のひとつです。また、多様性を育むため、中学校の段階から留学生を受けいれる予定となっており、きっと学園内では自然と英語を使う機会がさらに増えるでしょう。

奥のステージは普段は音楽室として利用。幕?を開ければ、コンサートや発表会などが開催できる大きなホールとなる

ピカピカの家庭科室。ガスコンロではなく、IHが設置されている

大きな窓から入る日差しが気持ちのよいオープンな教室。右の空間に進むと・・・

奥にはもうひとつの教室が。テストや集中して作業をする際に使用します

数学の授業の様子。数式の説明の方法を各チームで考えています

注意を受けて、すぐに英語のコミュニケーションに切り替える生徒たち

校歌も校章も学校のルールも、生徒と一緒に作っていく

続いて向かったのは、生徒たちが日々生活する学生寮です。現在は1学年だけですが、今後は多学年、多国籍の生徒が集まり、寝食を共にすることになります。寮はメゾネットタイプになっていて、一人ひとりの個室スペースも確保されていました。ハウスマスター、ハウスサポーターと呼ばれる寮生活を支援してくれるスタッフおよび宿直の教職員が昼・夜交代で常駐してくれているので防犯面も安心です。とは言え、毎日の掃除や洗濯は生徒たちの仕事。各ユニットのリーダーが中心となり、みんなで役割分担しています。また、気持ちよく生活するために、寮や学校のルールは生徒たち自身が決めているそうです。広島叡智学園には、校歌も校章もまだありません。これから生徒と一緒に作るそうです。「新しい価値を創造できる能力を見つけてほしい」という学校のビジョンがよく体現されていると感じました。こうした校舎や教室などの「見える部分」、と授業プログラムやルール作りなど「みえない部分」、ありとあらゆるところに教育のためのデザインが施されていることに感動しました。

学生寮の外観。シックな色使いがとてもおしゃれ

個室はこちら。机とベッド、ロッカーが配置されていて、一人部屋としては十分なスペース

部屋の外にはみんなで集まれるちょっとしたスペースがありました

評価の見える化 生徒と共に現在地を確認し、目標を決める

広島叡智学園ではテストも実施しますが、ポスター発表やプレゼンテーション、エッセイなど様々な結果をみて生徒の評価をします。テストで生徒の評価を決めることは成績をつけやすい反面、実際に子どもたちがどれくらい理解しているのか分かりづらい、と徳田先生は言います。何より驚いたのは、子どもたち自身、何が出来て、何が出来ていないのか、自分のレベルを客観的に理解できる仕組みをつくっていることです。IBでは、フォーマティブアセスメント(学びの途中の形成的な評価)と、サマティブアセスメント(最終的な単元の総括的評価課題)があります。評価軸は、ゼロから8まではあり、どこまで到達できたか、を見える化しています。例えばポスターセッションが最終目的だとしたら中間発表を設けて、自分が課題に対して今どれくらいの理解と準備が出来ているのか、次のレベルに上がるためにはどうしたらいいのか、を生徒と一緒に話し合いながら進めます。そうすることで、子どもたち自身も納得して評価を受け入れ、次は何をすべきかがはっきり分かるのです。先生と一緒に、自分自身の評価を見られることは素晴らしい仕組みだと感じました。

広島叡智学園には、「未来創造科」と呼ばれる特徴的なカリキュラムがあります。総合的な学習の時間を活用して実施していますが,未来創造科ではプロジェクトが生まれやすい環境を作るために、通常よりも多い週3.5単位の時間が割り当てられています。この「未来創造科」では、WELL-BEING(幸福)、ENVIRONMENT(環境)、GLOBAL JUSTICE(社会正義)の3つのテーマについて深く学びます。中学1年生の最初のテーマはWELL-BEINGについて。私が訪れた際には、自分たちの住んでいる地域をより深く知るために、テーマや訪れる場所を決めて作った生徒オリジナルの学校周辺マップが掲示されていました。来週は、島の人たちにインタビューし、その人たちの人生の中でのウェルビーイングを教えてもらうそうです。「インタビューをする」という目標は先生が設定しますが、島の誰に話を聞くのか、アポイントメントの交渉や当日の質問項目作り、その後の発表方法などは全て生徒たちが考え実施します。そして最終的にはこの島のウェルビーイング(幸福)は何かを表現するそうです。子どもたちは、自分が「幸せ」になるために、そして誰かを「幸せ」にするために、学問を学んでいるはずです。しかし、私たちはこの根源的な理由を忘れがちではないでしょうか? 改めて、何のために学ぶのか、の重要性を考えさせらました。

生徒たちが作った学校周辺マップ。チームごとにテーマが違うので、紹介されている内容もそれぞれ違って面白い

広島叡智学園が目指すビジョン 生徒たちの「やりたい」を見つけるための挑戦

ひと通り校内を案内していただいた後、徳田先生に学校の取り組みについてインタビューさせていただきました。

Q:広島叡智学園では新しいチャレンジを色々とされていると思いますが、他の公立の学校と比べて一番大きく違う点はどんなことでしょうか?

A:「新しい価値の創造を大事にする、というところですね。あとは子どもたちが主役になれる環境をつくる、失敗を許容する文化を育むことを大切にしています。子どもたちがつまずいた時、次につなげられるような指導を心がけています。例えば、時間を守れなかった。その時教員は『ルールを守りなさい」』と叱るのではなく、なぜ時間を守らなければならないのか、を子どもたちが考えられるよう力を注ぎます。また、子どもたちにそういった環境を作るための教員側のマインドの作り方も大きなチャレンジのひとつですね。この学校の設立に関わることになってから『どういう学校文化を作っていけばよいか、授業のスタンスはどうすればいいか』など毎日のように議論する中で、自分自身のマインドを変えてきました。IB形式の評価についても、教員側もみな初めてなので、日々生徒と一緒に学びながら実践しているところです」

Q:広島叡智学園の立地はとても特徴的ですね。島にある学校だからこそのメリット、デメリットがあると思うのですが、その点はどうですか?

A:「島という環境は、大自然に囲まれていい面もありますが、一歩間違えると、のほほんと島で暮らす子どもたちになってしまいます。でも、ローカルでの活動が、世界とどのようにつながっているのか、その意識付けをしっかりさせていきたいと思っています。この島にある課題って、実は世界共通の課題なんですよね。規模は違うけれども、課題はつながっていることに気づいてほしい。そこで、今後はSDGsを入れたアクティビティに取り組もうと思っています。子どもたちにSDGsとはどういったものなのか、どう世界に向かって自分たちの活動を発信できるか、といった視点を持ってほしいと思っています。」

Q:地域や社会との関わり方についてはどう考えていますか?

A:新しい学習指導要領でも言われていることですが、広島叡智学園は社会に開かれた学校、をかなり全面に押し出しています。広島県内外の色々な方をゲスト講師に呼んだり、島の住民を巻き込んだ教育プログラムを開発しています。広島大学教育学部の草原和博教授が平和観の再構築という研究をされていて、広島叡智学園のピース&サステナビリティの考えに共感してくださり、協働開発をさせてもらっています。提携校の立命館アジア太平洋大学 (APU)とは、我々が目指すべき「多様性を大事にする」という部分で非常にコンセプトが合っていて、今後APUの学生と連携したプログラムを作っていきたいと考えています。」

Q:広島叡智学園ではかなり英語教育に力を入れてグローバルな人材に育ってほしい、という想いがあると思うのですが、卒業生たちの進路は海外を目指しているのでしょうか?

A:「今後留学生と一緒に学ぶためには、言語は英語の方が望ましいと考えています。IBを取得すると、世界中の大学に行ける切符を手にすることになります。でも、それは子どもたちの選択肢を増やすことであって、海外の大学を目指してほしい、ということではありません。世界の課題を解決するためにNGOで活動したい。であれば、大学に行かずNGOに就職してもいいと思いますし、そのためにいきなり起業してもいい。とはいえ、子どもたちと進路について話をしていると、やっぱりどこかの大学に行く、という選択肢が彼らの中にあるようです。学校としては、ここでの6年間の学びで自分たちが本当にやりたいことを見つけてほしい、という思いが一番強いです」

完成予定の図 提供:広島叡智学園

取材を通じて

持続可能な社会の実現、という言葉は、これまであまりリアリティを持って考えられていなかったのではないかと思います。でも、これからの時代は、サステナビリティについて考えることが当たり前の社会になっていきます。ITやテクノロジーの進化により、10年後、一体どんな世界になっている、誰も分からない時代になりました。答えのない未来が待ち構えているからこそ、これからの子どもたちは、徳田先生が言う「新しい価値を創造できる能力」が必要だと思いました。しかし、それについては、「こういう教育をすればよい」という決まったルールや方程式はありません。教える側もまた手探りで、生徒と一緒に考え、動いて、学んでいくことでしか「新しい価値を創造できる能力」は身に付かないのではないでしょうか。

時代の変化と共に、日本の教育も少しずつ変わろうとしています。学校の当たり前が変わる時はもうすぐそこまで迫ってきています。そして、広島叡智学園の挑戦はまだ始まったばかりです。広島叡智学園で学んだ生徒たちが、これから世界に向かってどんな活動や情報発信を始めるのか、とても楽しみです。

撮影:上田壮一

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笹尾 実和子
笹尾 実和子(ささお みわこ) Think the Earth 広報

夏生まれの横浜育ち。新卒で人材派遣の会社に3年勤め、行く先を決めず退社。その後の一人インド旅で全てをリセットし、小さくも面白い会社でインターンを始めたことで仕事観が変わる。そんな中Think the Earthと出会い、ここなら小学校からの夢が叶う!と気持ちひとつで飛び込み入社。現在はひとり広報として奮闘中。話すよりも聞く方が得意。

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