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2021.04.05 | 岩井 光子

フードテックの注目株「培養肉」がもたらす未来の食卓

家畜の飼育は、地球の温室効果ガス排出の18%を占めるといわれます。世界で飼育されている牛を一つの国に例えれば、世界第3位の温室効果ガス排出国になるほどだそうです。飼料、水など、食肉の生産には多くの資源とエネルギーが必要で、牛のげっぷなどで放出されるメタンガスも、CO2の約25倍の温室効果があるといわれます。

増え続ける人口も食の未来を圧迫しています。世界の人口は2030年に85億人、2050年には約100億人に達することから、いずれ食の生産が人口増に追いつかなくなり、動物性たんぱく質が不足するとみられています。週一度肉食を控えようと呼びかける「ミートレス・マンデー」運動の広がりや、大豆ミート食品など植物性たんぱく質を使った商品が急増しているのも、こうした危機感が広く共有されるようになったことを表しているのでしょう。

未来の食という視点で、植物由来の代替肉と並び注目されるフードテックに「培養肉」(※)があります。昨年12月、シンガポール食品庁が世界で初めて鶏の羽の細胞から培養した鶏肉の販売を承認しました。シンガポールは農地が国土の1%に満たず、食料自給率が10%を切っている危機感から、こうしたフードテックの推進にとりわけ積極的な国です。

※屠(と)殺をしないことから一時期は”クリーンミート”と呼ばれる向きもありましたが、動物の筋肉細胞から培養するという製造方法が正しく伝わらないことから、今後は「細胞培養肉」(Cell-cultured meat)という呼び方が主流になりそうです。

現在、世界で培養肉の開発に取り組む企業は40社ほどで、アメリカやイスラエルが特に熱心ですが、日本にも数社あります。その一つが2015年創業のスタートアップ「インテグリカルチャー」です。オックスフォード大卒業後、東北大や東芝研究開発センターでナノテクを研究していた羽生雄毅さん(現CEO)を中心とする同人サークル「Shojinmeat Project」(※)が土台となり、法人化されました。培養肉の開発研究は、再生医療の分野と親和性が高いことから、東京女子医大の先端医科学研究所とタッグを組んで共同研究を進めています。

Shojinmeat Projectは一部大企業の技術独占に対抗し、誰もがバイオテクノロジーや培養肉などの研究にアクセスできるよう知識や技術を公開。Citizen Science(市民科学)を掲げたユニークな草の根組織です。2015年アグリサイエンスグランプリ最優秀賞受賞。

2013年に世界で初めて培養肉のパテを作ったのは、モサ・ミートを経営するオランダ・マーストリヒト大の教授でしたが、当時は一つ作るのに3000万円以上もかかり、コストダウンが課題として残りました。コストを跳ね上げているのは、培養液中になくてはならない“成長因子”。従来は医薬品同様、牛の胎児の血清から採取していましたが、設備コストに匹敵するほど高額な上、製造国によっては倫理・安全面での許認可が要る場合もあり、成長因子へのアプローチ方法がコストダウンの鍵となっていました。

インテグリカルチャーは世界で初めて人工フォアグラの培養に成功

インテグリカルチャーが開発した「CulNet System」は、3つの小さな筒と大きな筒がチューブでつながれている大規模細胞培養装置です。培養液が血管のようなチューブを経由しながら各筒を順に巡っていきますが、筒は肝臓、すい臓など生物の体内臓器を模したシステムで、臓器間の相互作用を人工的に構築することで、成長因子を外から添加しなくても培養肉を作り出すことに成功しました。コスト面、安全面での課題を独自技術でクリアできたことから、インテグリカルチャーでは効率性をさらに高め、2025年までに牛肉を100g当たり300円で作ることを目標としています。一方、モサ・ミートもこのほど植物由来の成長因子を開発し、生産コストを88分の1に抑えられたことを公表。市販化を見据えた競争は一層熱を帯びています。

CulNet System。生物体内の臓器が出す有用因子が、血管を通って他の臓器に届き、互いに影響を与え合うという機能を応用。右の大きな筒に培養肉ができる

インテグリカルチャーのサイトにはCulNet Systemが普及した未来の食生活が表現されています。家族の好みに応じて、例えば、牛や鶏、エビなどをブレンドしてみたり、カルシウムを足したり、コレステロールを控え目にするなど培養肉を自由にデザインすることが可能になるそうです。広報の鈴木健彦さんによれば、将来的にはCulNet Systemを「小型家電感覚で、各家庭に設置してもらえるようなものにしたい」とのこと。今見ると、SF感漂う食卓に思えますが、そう遠くない未来にこんな食生活が現実になるのかもしれません。

インテグリカルチャーのサイトに掲載されているマンガ。調理家電感覚でCulNet Systemを使う様子を描いている

培養肉でどのくらい環境負荷が減らせるかというと、家畜を飼育する際に必要な土地や水、飼料とそれに伴うエネルギー消費が大幅に削減できることから、9割ほど減るとみられています。市販化に向けた研究開発が着々と進む一方、黎明期の産業には法規制の壁もつきまといます。インテグリカルチャーの社員は日本細胞農業協会にも名を連ね、指針やルール作りについての提言も行っています。鈴木さんは「新しいものに抵抗を感じる人々の気持ち」も今後の課題の一つに挙げていました。新しい食文化の普及にはソフト面での丁寧なPRやコミュニケーションが欠かせないと感じているそうです。

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岩井 光子
岩井 光子(いわい みつこ) ライター

地元の美術館・新聞社を経てフリーランスに。東京都国際交流委員会のニュースレター「れすぱす」、果樹農家が発行する小冊子「里見通信」、ルミネの環境活動chorokoの活動レポート、フリーペーパー「ecoshare」などの企画・執筆に携わる。Think the Earthの地球ニュースには、編集担当として2007年より参加。著書に『未来をはこぶオーケストラ』(汐文社刊)。 地球ニュースは、私にとってベースキャンプのような場所です。食、農業、福祉、教育、デザイン、テクノロジー、地域再生―、さまざまな分野で、地球視野で行動する人たちの好奇心くすぐる話題を、わかりやすく、柔らかい筆致を心がけてお伝えしていきたいと思っています!

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