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バングラデシュの「水に浮かぶ学校」~気候変動のソーシャルイノベーション
南アジアに位置するバングラデシュは、東、西、北はぐるりとインド、南東の一部はミャンマーと国境を接し、南はベンガル湾に面しています。国土面積は日本のおよそ4割と小さいものの、人口は日本のおよそ1.4倍にあたる1億7,079万人(※1)で、世界で最も人口密度の高い国(※2)。首都ダッカは、歩行者、リキシャー、車がひしめき合い、混沌としたエネルギーに満ちています。
しかし、ダッカの外に出ると、目の前にはのどかな田園風景が広がります。緑の大地、色鮮やかな民族衣装で農作業に勤しむひとたち、そして、「あれ?」というものに目が留まります。区画された農地のあちこちに、ボートがあるのです。
バングラデシュの国土の9割は、海抜9メートル以下の低湿地帯(※3)。網の目のようにはりめぐらされた大小700もの河川は、上流から肥沃な土砂を運び、かつて「黄金のベンガル」と謳(うた)われた豊かな大地をつくります。一方、雨期には河川が氾濫し、広範囲にわたる洪水に。特にハオールと呼ばれる北東部の低湿地帯では、高台の居住区をのぞく地域全体が水没して川とつながり、巨大な湖のようになります。
ハオールの住民は、気候変動の影響を受けながらも、乾期には農業、雨期には漁業にたずさわり、生態系バランスに適応してきました。しかし、子どもたちの教育はどうしたらいいのか。雨期の半年間、道は水没して、子どもたちは学校へ通えません。そんななかで生まれたアイデアが、「船の学校」だったのです。
一艘がまるごと教室。そして、通学バスならぬ、通学ボートの役割も兼ねています。道が水没しても、「船の学校」は家の前まで子どもたちを迎えにきてくれます。手洗い場やトイレも備わった船で、子どもたちは学び、友達と遊びます。また、教員の地元採用は、地方での雇用機会の創出になるだけでなく、子ども、親、コミュニティ、学校の関係強化に一翼を担っています。家庭と地域の理解を得られた「船の学校」を中退する子どもはゼロに等しく、学力も通常の学校に通う子どもたちに引けを取りません(※4)。
洪水、干ばつ、猛暑――。世界で深刻化する気候危機を受けて、国連子どもの権利委員会は8月、気候変動に関する子どもの権利と環境についての指針No.26(2023)を発表しました。昨今の気候変動の大きなうねりに、自分は無力だと感じることは少なくありません。でも、バングラデシュのひとたちが馴染みのある移動手段に、みんなの学校に変身するポテンシャルを見出したように、発想の転換でソーシャルイノベーションが生まれる可能性は、もしかしたら身近にあるのかもしれません。
※2 シンガポール等の都市国家を除く
※3 農林水産省、「バングラデシュの農林水産業概況」
※4 hundrED, ”Positive Pick-Me-Ups: The Boat Schools Enabling Equity, Encouraging Gender Equality and Tackling Bullying”
数十年前、まだインターネットがなかった時代。「地球の歩き方」を握りしめて東南アジアを旅し、自分が知らなかった地球のローカルな暮らしや食文化、アートに関心を持つように。日本、フィリピン、ベトナム、ガーナ、バングラデシュ、チュニジアなどで国際協力の仕事をしながら、現地のひとたちとの触れあいを大切にしてきた。世界にはさまざまな境界線があれど、その境界線の揺らぎや滲み、交わりに心惹かれる。いろいろな物差しが混在するコミュニティの幸せとは何か。微力ながらも、ひとりでも多くのひとが一緒に考えられるきっかけづくりをしたい。