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2020.06.22 | 山田由美

コウノトリのヒナが渡良瀬遊水池で誕生した意義

2020年6月、栃木県小山市の渡良瀬遊水地でコウノトリのヒナが誕生しました!という小さなニュースが発信されました。

Creative Commons,Some Rights Reserved,Photo by Takeo Kunishima

コウノトリ、見たことはなくても名前は聞いたことはあるかと思います。赤ちゃんを運んでくるなどめでたいことを予兆する鳥で、「鶴」などと並んで瑞鳥(ずいちょう)と呼ばれ親しまれていますが、世界の生息数は2500羽を下回るともいわれる絶滅危惧種です。

注記:ただし赤ちゃんを連れてくるという言い伝えは、厳密にはヨーロッパコウノトリ(シュバシコウ)という別種由来といわれています。

実はこのニュース、単に「珍しい鳥の卵が孵(かえ)りました」という話では終わらず、背景に大きな意味がありました。時は1971年までさかのぼります。

1971年はコウノトリが絶滅した年です。最後の一羽の生息地は兵庫県豊岡市でした。日本の空からこの鳥が消えたのです。絶滅の原因はいろいろ挙げられていますが、農薬汚染が引き起こす生物学的な問題、生息地の喪失など、要素は複雑に絡み合っています。保護活動が始まった1950年代には既に絶滅の危機に瀕していて、日本国内の野生コウノトリを救うことはかないませんでした。

それ以降、再びこの鳥が空に舞うことを願って、人工飼育と野外放鳥が進められました。1985年、ロシアから6羽を譲り受けることから始まり、飼育し、繁殖させ、訓練して、野外に放すという作業はとてつもない時間と費用がかかりました。国、地域、企業、学術界、個人、実に多くの人が力を尽くし、失ってしまった動物に再度向き合ったのです。

兵庫県立コウノトリの郷公園で:Creative Commons,Some Rights Reserved,Photo by pelican

そしてついに2005年。飼育されたコウノトリは野外に放たれました。先ず兵庫県、2015年には千葉県、2016年には福井県が続きます。福井から旅立った個体は日本国内のみならず韓国・北朝鮮に飛んでいくなど、それぞれが自由に空を舞いました。

小山市が発信したヒナ誕生のニュースは、実はこの千葉県野田市から放鳥されたオス「ひかる君」と徳島生まれのメス「歌ちゃん」が同市でペアになり、2世が誕生したという知らせでした。つまりこのヒナはこの長い歴史を引き継いだ待望の存在を意味していたのです。

そしてもう一つの意義が、その誕生の場所でした。このペアが次世代を育む場として選んだのは、2012年にラムサール条約で重要湿地として登録された小山市に位置する渡良瀬遊水地です。渡良瀬遊水地は、大雨の際、約3300ヘクタールという広大な湿地に雨水を流し入れることができます。一時的に受け止めることで河川の氾濫(はんらん)を防ぎ、下流の都市の人々の命と財産を守っている、いわば自然の治水装置です。昨年の台風19号でも渡瀬遊水池など利根川系の4つの調整池で過去最大量、東京ドーム約200杯分の洪水を貯留することで下流の河川水位を下げ、首都圏を洪水害から守りました。

上空から見た渡瀬遊水池。コウノトリのヒナが誕生した第2調整池は右手奥   photo by azteca

この遊水池は、何もない時は豊かで安全な生き物のすみかであり続けています。渡良瀬遊水地周辺の自然やこの放鳥を見守り続けた人たちはその生態系の豊かさに気付いており、その湿地生態系の頂点に君臨するコウノトリがすみついてくれることを長年の悲願としていました。コウノトリは移動能力が高いため、その地が気に入らなければあっという間に飛び去ってしまいます。しかし行ったり来たりを経て、結局この遊水池を選んだのです。

この繁殖成功のニュースは渡良瀬遊水地という土地が人にも役に立ち、野生動物にも役に立てるという一つの証となりました。ラムサール条約の目的は豊かな生態系の保全と同時に、それを賢く利用することがセットで掲げられています。

同時に複数の役割を果たせるのは「生態系の多機能性」と言われている特徴です。どこにでも同じようにあるという訳ではありません。だからこそ、この大地が果たしてくれている価値を見極めて「保全」する必要があり、身をもって教えてくれた渡良瀬遊水地のコウノトリのこのメッセージを我々は受け取る必要があるでしょう。

2020年6月21日現在、189羽のコウノトリが日本の空を舞っています。放されたコウノトリは幼鳥のうちは探索的にいろいろな土地を飛び回る傾向があります。そしていずれ気に入った場所を見つけて定着します。次はどこを選ぶのでしょう? 我々が守るべき大事な場所を教えてくれると思っています。

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山田由美
山田由美

神奈川県在住 地図データを使った環境分野の分析を20年程続け、今は複数の大学で研究員として勤務しています。 社会人博士課程にも在籍しています。生物多様性保全すべき場所はどこなのか?という問いに地図上でここです!と答えられるようにするのが私の研究のゴールです。

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